好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。

思っていることを気兼ねなく、気楽に書き綴る。

SPONSORED LINK

「安いから買う」という貧乏思考から脱却せよ。

「安い」
これはとても魅力的な言葉です。

しかし、「安いから買う」という思考からは直ちに脱却すべきです。

なぜなら、
「安い」という理由だけで買ったものが、あなたを豊かに、幸せにしてくれることは絶対にないからです。

食品、家電、家具などを「安かったから」という理由で選んでいる生活をしていると、
自分の周りが「安いもの」で埋め尽くされていきます。

 

「安かったから」買った服を着て、
「安かったから」買った食品を食べ、
「安かったから」買った家具を使い、
「安かったから」買った家電を使う。

 

すると、あなたは物事の本質を見れない、価値の低い、安価な人間になっていきます。
これでは、豊かに幸せに生きているのか微妙ですよね。

人は、モノの「安い」「高い」をただ金額のみを見て考えがちです。

しかし、本当に考えるべきなのは、
そのモノが、自分にとって「必要なもの」なのか?
自分にとって「価値のあるもの」なのか?ということなのです。

 

例えば、こんな感じです。⇓

この本は、自分が読むべき本であり、
値段は10000円もするけど10000円払う価値はあるだろう。
と思ったので10000円の本を買った。

この雑貨は、値段は500円だから安いし、今ちょっといいなとは思ったけど、
自分にとって必要なものではないし、自分にとって500円払う価値のあるモノなのかは分からない。
と思ったので500円の雑貨を買わなかった。

 

こうゆう思考でモノを買う方が、圧倒的に自分を幸せにしてくれるし、モノも大切にしているのです。

そのモノが「自分にとって必要なもの」、「自分にとって価値のあるもの」であるなら、値段が高いとしても、あなたはそのモノを買うべきでしょう。

そのモノが「自分にとって必要ではない」、

「自分にとって価値のない、または、低いもの」であるなら、
たとえ値段が安いとしても、あなたはそのモノを買うべきではないしょう。

モノを買うときには、自分にとってのそのモノが必要なのか?価値があるのか?をしっかり考え、自分軸で買う買わないを選べるようになるといい。

 

「安い」という金額面ではなく、
自分にとっての「必要性」と「価値」に目を向けよう。

ゴシップ記事に踊らされるレベルの低い人たち。

不倫報道、不祥事、離婚…
どうでもいいことなのに、こうゆうゴシップ記事を読み、芸能人批判をする、無価値な人が多い。

 

なぜこんな風になってしまっているのか。

 

それは、
自分の生活がうまくいっていない。
夫婦仲が良好でない。」「お金がない。」「欲しいものが買えない。
…などなど、世間に不満を持っているからに他ならない

 

不倫報道に怒り覚えている人は、心のどこかで不倫を羨ましく思っている節がある。

私は常々そう思っています。

 

自分は、こんなにも息苦しい生活を過ごしているのに、あいつは芸能人だし、金持ってるし、結婚してるし、地位も名誉もあるし、その挙句ぬけぬけと不倫までしやがって、ふざけんなぁ!!

とまあこんな感じで、自分のルサンチマンを燃えたぎらせ、

不倫批判、芸能人批判を繰り返しているのです。

 

他者を貶すことで、自分の価値を上げようとする。
上に登りつめた人が転落して行くのを、メシウマメシウマと言って嘲笑う。

 

全くもって、生産的じゃ無いですよね。


そんなレベルの低いことをしているから、

あなたはいつまでたっても幸せに生きることが出来ないのです。

 

自分の汗水流して稼いだお金で
ゴシップゴミ雑誌を買い、
自分の貴重な時間をクソゴシップを読むために使い、
「あいつよりは、自分のほうがマシだ。」と言って、溜飲を下げる。

 

本当に何も得るものはありません。
なんなら、お金と時間、人生を無駄にしています。

 

ゴシップを読む時間があるのなら、
本を読むなり、映画を見るなり、
(私なら乃木オタ活動です‼︎(*´∇`*))
なんでも良いから、
自分の好きなこと、楽しいことをしましょう。

ゴシップゴミ雑誌なんざ買わずに、
お金は、自分が楽しめることに使いましょう。

 

そのほうが、よっぽど幸せに今を生きられます。

 

他者の人生をとやかく言う前に、
まず自分の人生を生きよう。

テレビを受動的には観ない。

受動的 

他から動作・作用を及ぼされるさま。自分の意志からでなく、他に動かされてするさま。

 

能動的 

進んで物事をしようとするさま。

                                                                                           デジタル大辞泉より。

 

私は、テレビを「受動的には」見ません。
一時期、テレビをほとんど見ない生活をしていた時もあったのですが、
ここ数年で、また観るようになってきました。


見るようになった一つのきっかけは、優れた録画機能のおかげです。

 

以前は、テレビで流されているものをそのまま何も考えずにただ ボーッと観ていました。楽だし、何も考えなくていいし、そして、楽しい。

しかし、
番組の前後10分、また番組中のコマーシャルを仕方ないから嫌々見る。
今見てる番組、最後まで観てもつまらないかもしれないけど、まあ観るか。
果たして、<自分の時間をきちんと使う> という観念から考えると

今のままでいいのだろうか?

こう思うようになり、

私は、テレビを「能動的に」観るようになったのです。

コンテンツを受け取るときは、ただ受動的になるのではなく、

能動的になれるように工夫すると、
より一層、そのコンテンツを自分なりに楽しめるようになるし、
結果として、空いた時間も作れるようになっていきます。

 

<自分の時間をきちんと使う>ためにも、

まずは、テレビを「受動的に観る」から、「能動的に観る」に変えていこう。

 

一応、ご参考までに、私のテレビ視聴、録画の決まりを記述しておく。
1、本当に今観るべきと思うもののみ放送されているのをそのままを観る。それ以外は全て録画してから観る。
2、番組の内容を知りたいだけなら、2倍速、2.5倍速くらいで観る。
3、じっくり見たいもののみ通常速度。それ以外は、1.5倍速か1.75倍速。(1.5倍速でも十分楽しめる。)

4、ドラマ等の1クールが終わるごとに、自動録画設定は見直し、いらないものは解除。
5、一週間分の番組表が出た時点で、まとめて録画予約。録画予約は最大限に。
(「ああ、録画しとけばよかった。。」という意味不明な後悔をしないように録画予約は綿密に。)
6、録画されたものは、さっさと観る。お気に入りのみ保存で、後は即消去。保存は最小限に。

まず捨てろ。片付けることで、今を生きやすい。

片づけとか掃除が苦手。物が収納におさまらない。とかいう人は多い。
ここで考えるべきなのは、


あなたがしている「片づけ」が「本当の意味において片づけなのか」ということです。

 

多くの人は、「どこに物を収めるか」を先に考えます。
ここから間違っているのです。
まず、「持っている物をいかに減らすか」を考えなければなりません。

 

なぜ片づけが苦手なのか?


それは、「物を捨てられないから。」です。

 

なぜ物を捨てられないのか?


それは、「物事に片を付けることができていないから。」です。

 

物事に片をつけるからこそ、片づけなのです。

収納にきちんと収めたのは、ただ収納しただけ。整頓しただけ。に他ならない。

だから、ちょっと物が増えると収納にはいらなくなり、散らかってしまう。

未来や過去に執着せず、今を考える。
自分が今本当に必要なもの、また、今、心がときめくものに注目すべきです。

「捨てるのはもったいない。」
「高かったから。」
「いつか使うかもしれないから。」
「いつか着るかもしれないから。」

・・・言い訳はやめよう。

言い訳にまみれたものを持っていたら、
片付かないばかりか、生きづらくなっていきます。

思い切って捨てましょう。

あなたが本当に必要なもの、心がときめくものとともに生活したほうが、
今を生きやすい。

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

新・片づけ術「断捨離」

新・片づけ術「断捨離」

  • 作者: やましたひでこ
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2014/07/11
  • メディア: Kindle

家が好き、ひとりが好きな人の思考。

私は、外出が好きではない。
家が好き。ひとりが好き。
誰かと一緒に外出するのが好きな人に言わせると、異常らしい。
この種の人によく聞かれる質問に答えてみる。

 

Q.家に引きこもってるとつまらなくない?
A.やることなんかいっぱいあるじゃん。逆に、お前は出かける以外にやることねぇのか?
映画観たり、音楽聞いたり、本読んだり、寝たり、掃除したり、洗濯したり、いろいろ考え事したり。。。
なぜ、用事もないのに、外出せにゃならんのか?家でできること見つけろよ。 

→よって、出かけない。

 

Q.誰かどこか行こうとか思わないわけ?
A.思いません。映画、美術館に行くとしたら、絶対に1人で行きたい。
そして、帰りに1人でゆったり食事するのが好きなんです。
旅行も1人が好きだな。誰かと一緒に行きたいときもあるけど、気疲れするので、遠慮。
買い物も誰かと一緒に行くと、見たいもの見れなかったり、うーん楽しくない。

→よって、出かけない。

 

Q.買い物とか、食事は?
A.急に必要な物って本当にあるかな?
だいたい、Amazonで十分。本はKindleでいいし。
映画が見たければ、Amazonビデオ、Hulu、Netflix を使う。
食べ物とか生活雑貨は、リスト化して、まとめて買いこんでおけばいい。
毎日買いに行く必要ない。無駄なもの買っちゃったりするし、時間も無駄だし、非効率。

→よって、出かけない。

 

Q.服とかどうすんの?
A.服もそんなに要らない。そこそこ着飾る必要があるとき用の服が数着あればいいや
出かけない人間は服にこだわらない。お気に入りの部屋着で過ごす。
→よって、出かけない。

 

Q.どんな時に出かけるの?
A.学校行く。バイト。食べ物とか生活雑貨をまとめて買いこむとき。旅行するとき。たまに映画、美術館、食事。

旅行は、一人旅が好き。行こうと思い立ったら、当日でも出かける。
ただ、日常的に外出してショッピングモールやら、コンビニに行くのが嫌いという感じ。必要性を感じない。

→よって、これ以外はほとんど出かけない。


最近のサイコな思考。
固定資産税やら光熱費やらなんやら、家に対する税金を払ってるな。
→このお金の分ちゃんと家でちゃんと過ごさないと、もったいなくねえか?
→よって、出かけない。

だいぶクレイジーかもしれないけど、
家が好きな、ひとりが好きな人の思考はこんな感じです。

 

目的と手段を間違えないようにしよう。

 

目的
1 実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。
倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの。

 

手段
ある事を実現させるためにとる方法。てだて。

                         デジタル大辞泉より。

「幸せになりたい。」

今生きてる人でこう願わない人は、いない。

「幸せになりたい。」は、目的である。

だから、「幸せになりたい。」がために、
労働することでお金を稼いだり、物を買ったり、また、恋愛をして結婚するのだろう。

「お金を稼ぐ」や「物を買う」、「結婚する」は、

「幸せになりたい。」を実現するための手段の一つに他ならない。

 

だけど、いつの間にか、「幸せになりたい。」が目的ではなく、
「お金を稼ぐ」や「物を買う」、「結婚する」が目的になってる人は多い。

「お金を稼ぐ」や「物を買う」、「結婚する」が目的で本当にいいのなら、それで構わない。
その人の人生だから。

 

しかし、あなたの本当の目的は「幸せになりたい。」だったのではないのか?
だとすると、「お金を稼ぐ」や「物を買う」、「結婚する」にそこまで執着しなくてもいいのではないか?

原点に立ち返って、目的と手段について考えよう。

その方が、今を生きやすくなる。

多機能よりも単機能。

私は、現在 iPhone6sを使っている。

まぁ、これ1台あれば事足りるほどに多機能であるし、本当に便利だ。

でも、スマホやパソコン以外のもので考えてみると、
本当は、多機能よりも単機能のほうがいいのではないか。
というわけで皆さんに、「多機能よりも単機能」を提案する。

モノを買うときに私たちは、
「いろんな機能があったほうが便利。」
「せっかく買うなら、多機能なほうがいい。」
と考えがちである。
でも、ここで立ち止まってちょっと考えてみたい。

「その機能、本当に使いこなせるの?」ってことを。


というか、そもそも、


「その多機能にお金を払う程の価値を自分に与えてくれるのか?」ってことを。

ここで、電子レンジを例に挙げて考えたい。
私たちが本来、電子レンジに求めていたのは、
「食べ物を温める」という機能だけだったはずである。
しかし今日においては、「パン・ピザが焼ける、グリルができる、蒸し料理ができる、etc...」という本来の機能と違うところに目がいく。

「いろいろできてすごいな。その機能、使ってみたいな、料理のレパートリーが増えるかもしれないな。。」と思い、その電子レンジを買ったとしよう。
でも、そうゆう思いで電子レンジを買っても、結局そういった機能は一度くらいしか使わないか、下手をすると一度も使わない可能性が高い。

高いお金を払って、多機能なモノを買っても、全く使いこなせず、
結局、ある決まった機能しか使わない。こうゆう人は多い。

つまり、


私たちが「本当に必要とする機能」についてちゃんと考えると、
「多機能よりも単機能で十分だ。」という考え方ができる。

掃除機ならサイクロン式という風潮が強いが、掃除機は、そもそも埃が吸い取れればいいので紙パック式でも十分である。と考えられれば、掃除機は電源のON,OFと強弱切り替えのボタンだけでいいのだ。洗濯機も、洗濯と脱水ができたら、まあ十分である。と考えられれば、洗濯機も、電源、洗濯と脱水の各時間選択、START、STOPのボタンがあればいいと思えるようになるわけである。

 

「結局使いこなせない多機能」よりも「自分が本当に必要とする単機能」

に目を向けるようになれば、使いこなせない多機能に四苦八苦するといった無駄なことに自分の体力を消耗しなくて済むようになるし、もう少し、生活しやすくなる。

わたしは、そう確信している。

SPONSORED LINK